めんどくさがりの自分の尻を叩く読書ブログ

読書は好きだ。だがめんどくさい。だけれど面白い本を読みたい。だから感想を書いて尻を叩くというブログ。

青空文庫ありがとう、それから太宰治の話

はい。一月も終わりですね。雪かきで体がしんどいです。

この間わたくし、二月は古い本を読みたいとかぬかしたと思うんですけど、いちいち図書館に行ったり図書館員の母にお願いする必要ナシで昔の作品を読む手段を手に入れました。

そう、青空文庫です。

それもスマホアプリのやつ。いやー便利。ダウンロードすればいつでも読めるし、電池もそれほど減らないし。

最初は大河ドラマいだてんに影響されて夏目漱石から行こうかなと思ったのですが、ツイッターでおススメを募ったら太宰治新釈諸国噺をフォロワさんに勧められて、太宰治に挑戦しました。読み終えて、もうちょっと太宰治のものを読んでみたくなって女生徒も読みました。

 

んで、太宰にハマってしまったかもしれません……。

根底に流れるお金持ちコンプレックスや田舎コンプレックスがもう、もう、太宰さんだなあと思うのです……。

昔太宰の実家の斜陽館に観光に行ったことがあって、ものすげえでかい家だったのですが、あの遠慮なくでかい派手な家は、たぶん太宰さんは恥ずかしかったのではないか……と思うのです(そのうち津軽読もうと思います)。

お金持ちであるというコンプレックスは貧乏であるというコンプレックスより根深いな、と、新釈諸国噺でのお金の扱い方で感じました。

きっと、田舎の町で小学校にいけば汚い着物の子が多かったなか、太宰さんだけ綺麗な服を着ていたとか、そういう世の中の目に耐えられなかった、あるいは耐えて耐えてコンプレックスになってしまったのではないかと思うのです。いや太宰さんに聞いたわけでないのでわかんないですけど。

もう、この絶大なコンプレックスを背負って生きていたというだけでなんだか好きになりました。いろんな人が太宰さんを好きな作家に推すのはこういうことなのだなあ、と。

女生徒のほうはとことんかわいい世界の中に悲しみ悔しさ憎しみ、そういうものをねじ込むすごく切ない話でした。列車で席をとられてしまう話の、自分を嫌な子、傲慢な子だと思うのも、お金持ちコンプレックスとか顔面コンプレックスとかすごくつらい、だがそれがいい。斜陽館に展示されてた太宰さんの写真は、すごく清しい顔だったんですよね。その顔が嫌いだった、っていうの、理解できないけど理解できる(語彙)

太宰治、面白いです。